生命居住可能惑星「地球」の存在確率へ向けて

井田 茂(大学院理工学研究科地球惑星科学専攻 助教授)


地球は四五〜四六億年前に、微惑星と呼ばれる多数の小天体が 衝突合体成長して誕生した。衝突に伴う発熱で、 原始の地球はどろどろに熔けて、マグマの海に覆われていたはずである。 現在の地球は、鉄のコアのまわりに硅素化合物のマントルが取りまいている。 この構造は、初期の熱い時代にできあがる。

放射性元素の分析により、地球の鉄のコアは地球誕生後、数億年以内に形成されたと 推測されている。コアの外層部分は液体状態にあり、地球の自転に伴う 流体回転運動によって、地球磁場が形成された。 地球に磁場ができると、それによって宇宙線や太陽風は遮断され、 地表は生命にとって安全地帯(?)となる。

コアは高温で、さらにマントル内で放射性元素が崩壊するので、 それらの熱を地球外に出そうとして、マントルは流動を始める。これが マントル対流である。 地球誕生後、数億年たって、微惑星衝突が収まってくると、 少しずつ温度が下がりはじめる。 大気中の水蒸気が凝結して、猛烈な雨が降りそそぐ長い時代を経て、 海洋ができる。地球表面は温度が低くなっているので、マントル対流が 地球表面に湧きだした部分は「硬く」なって、プレートが作られる。 プレートはどんどん拡大し、プレート・テクトニクスが開始する。 プレートが地球内部に沈みこむところで、大陸がだんだんと作られていく。

初期の地球は二酸化炭素の濃密な大気を持っていたが、大陸や海洋 に炭素が固定され、その残りかすとして、現在のような窒素と酸素を 主成分とした大気になったようだ。二酸化炭素の大幅な減少により、 地球の温暖化は回避されたのだろう(ちょっとの差で温暖化してしまったのが 金星だと考えられている)。

これが、海洋をたたえた地球の誕生のあらすじである。 このような環境のもと、生命が誕生したと考えられる。 このような生命居住可能惑星(ハビタブル・プラネット)は この宇宙にどれだけの数が存在するのだろうか?

惑星科学、天文学では、この5年ほどで急速にこの問の答への道が 開けてきた。きっかけは系外惑星(太陽とは別の恒星のまわりをまわる 惑星)の発見である。1995年にはじめて発見されて以来、系外惑星は 次々と発見され、2002年現在、発見された数は100個を こえた。これはらは惑星が公転することによる中心星の微妙なふれを 中心星のスペクトルのドップラー偏移により観測することによって、 惑星の存在を示した間接的な方法で検出された。間接的ではあるが、 数々の検証をのりこえて、惑星であると証明された。

現在の観測技術では太陽近傍の限られた恒星(数千個)でしか 観測できないので、100個というのは驚くべき多い数である。確率に直すと、 太陽のような単一星では5%という確率になる。まだ確認はできていないが、 惑星と疑わしきデータも含めると、観測対象の星の うち数十%にも惑星が存在している可能性がある。

100個をこえる系外惑星のデータがあると、どのような惑星系が どれくらいの確率であるのかというような、統計的な 議論も可能になってくる。現在までのところ、中心星を大きな速度で ふらつかせることができる、木星のような巨大ガス惑星しか見えて いないが。

惑星系は原始惑星系円盤と呼ばれるガス円盤から生まれたと考えられており、 星形成領域(おうし座分子雲やオリオン座分子雲など)の 電波観測により、そのような原始惑星系円盤は、 生まれたばかりの星には普遍的に存在していることが わかっていて、円盤の質量分布もだいたいわかってきている。

つまり、惑星形成の初期条件についても、 惑星形成の終状態の系外惑星も観測データが揃ってきているのである。 これらをつなぐのは惑星形成理論である。 現状では、惑星形成理論は多様な系外惑星を統一的に説明できるほどの 一般性を持つにはまだ至っていないが、初期状態と終状態の観測結果と 比較しながらスクラップアンドビルドを重ねることによって、 急速に統一的な理論へと向かっていくことが期待される。 つまり、原始惑星系円盤の質量が与えられると、その円盤の どこにどのような惑星ができるのかが予測できるようになるはずである。 観測と比較できるのは、現在のところ、巨大ガス惑星の軌道配置や質量の分布 だが、それがかなりの精度で理論と合うようになったならば、地球型惑星の存在の 理論的予測もある程度信頼できるものとなる。

筆者のグループでは、旧来の太陽系形成理論(7年前までは われわれは太陽系しか惑星系を知らなかったのだから、太陽系形成の 理論しかなかった)を一般化する努力を続けている。 たとえば、微惑星の合体成長のN体シミュレーション(全粒子の重力 相互作用を入れて軌道積分していくシミュレーション)を、 太陽系には相当しないような極端に大きな初期質量とか 極端に小さな初期質量とかをもった原始惑星系円盤の条件でも 行なっている。

微惑星の合体成長の結果、(固体の)原始惑星が形成される。 N体シミュレーションによって、どこにどのような質量の 原始惑星ができるのかがわかる。 原始惑星の質量が地球質量の数倍から十倍を越えると 円盤ガスが原始惑星にとりこまれはじめ、木星や土星のような 巨大ガス惑星が形成される。 円盤ガスの流入速度は惑星質量の関数としてだいたい理論的に わかっている。一方、観測から、円盤は約1000万年で 消えていくことがわかっている。円盤がなくなればガス流入は終る。

N体シミュレーション結果に以上のような ガス流入の効果も入れて、モデル化して、 プロットした結果が図1である。x軸は中心星からの距離を表し、 y軸は円盤質量を表し、 その質量の円盤の与えられた距離で、どれくらいの質量の惑星ができるのかを z軸の高さおよびx-y面でのカラーコンターで表している。 x軸の単位AUは、太陽と地球の距離である。 y軸は太陽系を作った円盤の推定値(太陽の質量の約100分の1)を 1としてある。形成される惑星質量は地球質量(M_E)の何倍かをlogで 表している。木星質量は地球の約318倍なので、この目盛では 2.5となる。つまり、2〜3 の目盛を越える領域(カラーコンターで 黄色っぽい部分)は木星のような巨大ガス惑星を表している。

ある質量のひとつの円盤における惑星質量の分布は ある円盤質量を指定して、横に見ていけばよい。たとえば、太陽系を 作った円盤(disk mass = 1)では、数AU以内で比較的軽い地球型惑星、 数AU以遠10AU以内で巨大ガス惑星ができることがわかる。 また、数AU以内では水星(0.05M_E)や火星(0.1M_E)くらいの惑星は できるが、地球や金星(0.8M_E)はこれだけではできないことがわかる。 つまり、数AU以内では火星質量程度の原始惑星同士の衝突が、原始惑星形成後に おこって、地球が形成されたことがわかる(図1では形成後の軌道進化は 考慮されていない)。そのような激しい原始惑星同士の衝突の破片から、 月が形成されたと考えられる。


一方、太陽系を作った円盤より重い円盤では比較的内側領域から 巨大ガス惑星が多数形成することが予測されることがわかる。 観測的に、円盤質量の分布がわかっているので (太陽系を作った円盤の1/10から10倍に分布)、どういう惑星系が どれくらいの確率で存在しているかが、ある程度予想がつく。 そのなかで巨大ガス惑星だけを取り出すと、系外惑星の観測による 軌道や質量の確率分布と比較することができる。 巨大ガス惑星について理論的予測が観測と合っているならば、 地球型惑星についての理論的予測もある程度信頼できものとなろう。

このような研究によって、いろんな惑星系での地球型惑星の存在の 理論的予測ができると、あとは大気・海洋存在条件をかませたり、 その地球型惑星の軌道や自転軸の安定性(後者には月の存在が大きく 関わっている)の条件をかませることにより、 海洋が存在して気候が安定した生命居住可能惑星が、この銀河系に どれくらいの確率で存在しているかを理論的に推定できるようになるはずだ。

現在の観測技術では他の惑星系の巨大ガス惑星は検出できても、 地球型惑星の検出は難しい。したがって、上のように巨大ガス惑星の 存在を通して理論的に推定するしかない。しかし、宇宙空間に 巨大な電波望遠鏡を打ち上げれば、他の惑星系の地球型惑星の検出は可能である。 現在、アメリカとヨーロッパでそのような衛星電波望遠鏡の打ち上げの 本格的な検討が始まっている (TPF:Terrestrial Planet Finder と呼ばれている)。 日本でも同様の計画へ向けてのワーキンググループ(JTPF)が始動している。

他の惑星系の生命居住可能惑星を見つけるなどということは十年前には 全くの絵空事だったが、事態は急転し、20年以内には見つかるのでは ないかということになっている。惑星形成理論もそれにひきずられ、 大きく変貌しようとしている。地球惑星科学は大きな変革のときを 迎えていると言えるだろう。