第267回  
日時 平成16年7月28日(水)17:00より
場所 東京工業大学理学部地球惑星科学教室会議室
石川台2号館315号室
講 演 者: 遠藤 一佳 氏 (筑波大学地球科学系)
講演題目: 海洋化学組成の変遷と「カルサイト−アラゴナイト問題」
 Secular changes in seawater chemistry and the "calcite-aragonite problem" s
内容: 顕生代の海洋では,プレート運動を駆動力とする海洋底拡大の速度変化と,それ に伴う海嶺での熱水循環量の変化により,海水のイオン強度,Mg/Ca比などが億 年単位で変動してきたと考えられる.この量的な変化は,海洋から無機的に沈殿 しやすい炭酸カルシウムのタイプの違い,つまり結晶構造の異なるカルサイト (方解石)とアラゴナイト(アラレ石),という質的な違いに帰結し,地球海洋 はその両者を行き来するという変遷をたどってきた(現在はアラゴナイト海).
一方,数多くの海洋生物は炭酸塩,リン酸塩,シリカなどの生体鉱物を沈着する ことが知られ,最も普通に見られるのは,貝殻,サンゴ,ココリスなど炭酸カル シウムから構成される骨格である.海洋化学組成の変動は,これら骨格を持つ生 物の栄枯盛衰や結晶多形制御の進化に影響を与えた可能性がある.また逆にこれ らの生物の進化が海洋組成に影響を与えた可能性も考えられなくもないが,その 詳細はまったく分かっていない.ところで,これらの炭酸カルシウムがどちらの 結晶形であるかは分類群によって決まっており,その形成制御機構が遺伝的に固 定されていることを示唆する.たとえば現生のサンゴ骨格などはアラゴナイトで あり,ウニ,腕足類,有孔虫などの骨格はカルサイトで構成される.また,同一 個体の中で両者が共在する例も知られ,例えば二枚貝類のアコヤガイでは,その 殻体の外層(稜柱層)はカルサイトから,内層(真珠層)はアラゴナイトから成 る.生物が一体どのようにして2つの結晶多形を作り分けているのか(=カルサ イト−アラゴナイト問題)は,生体鉱物学における古くからの最大の難問の一つ として知られ,現在も事実上未解決のままである. in vitro の結晶合成の実験 からは,軟体動物殻体に微量に含まれる水溶性基質タンパク質がその制御に関与 していることが示されたが,特定の因子の単離・同定は困難を極めていた.今回 のセミナーでは,私たちが最近アコヤガイからの単離・構造決定に成功した殻体 基質タンパク質(Aspein)を紹介し,それがアコヤガイにおけるカルサイト層の 選択的沈殿の制御因子である可能性が高いことを述べる.

研究背景がわかる論文リスト(遠藤氏提供)

Falini, G. et al. (1996) Control of aragonite or calcite polymorphism by mollusk shell macromolecules. Science, 271, 67-69.
Belcher, A. M. et al. (1996) Control of crystal phase switching and orientation by soluble mollusc-shell proteins. Nature, 381, 56-59.
上記の2つは,軟体動物の貝殻に含まれる水溶性基質タンパク質が結晶多形制御 に関与していることを示した論文.カルサイト−アラゴナイト問題のレビューと しても便利.

Stanley, S. M. and Hardie, L. A. (1999) Hypercalcification: paleontology links plate tectonics and geochemistry to sedimentology. GSA Today, 9(2), 1-7
海洋組成の変化と炭酸塩殻体を持つ生物の進化の関連を述べたもの.

Tsukamoto, D., Sarashina, I. and Endo, K. (2004) Structure and expression of an unusually acidic matrix protein of pearl oyster shells. Biochemical and Biophysical Research Communications, 320, 1175-1180.
今回のセミナーで紹介する最近の私たちの研究成果をまとめたもの.