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日時

平成17105日(水)17:00より

場所

東京工業大学理学部地球惑星科学教室会議室
石川台6号404号室

講 演 者:

高井 研 氏 海洋研究開発機構JAMSTEC 
         → 極限環境生物圏研究センターXBR

講演題目:

地球微生物学から考える「最古の生態系」 (LUCA Ecosystem)
あるべき姿とあるべ き場

内容:

 1977年にガラパゴスリフトにて中央海嶺拡大に伴う海底熱水活動が発見されて以来、
海底熱水活動域に関する研究は、地質、地球物理及び地球化学などの地球科学分野
や、微生物学、生物学の生命科学分野において大きなパラダイムシフトを伴う数々の発
見及び派生する極めて重要な研究成果を挙げてきた。海洋研究開発機構&極限環境生
物圏研究センター&地殻内微生物研究プログラムでは、学際的、国際的な相互協力を通
じて、全地球的な熱水活動域における(微)生物&地球科学因子の相互作用について網
羅的に研究を進めている。これらの研究を通じて、約40億年に及ぶ地球と生命の共進化
過程における、熱水活動のインパクトが、これまでの科学観を覆すほど大きなものである
可能性が認識されるつつある。特に、インド洋中央海嶺Kaireiフィールド熱水活動域の地
球化学&微生物学共同研究を通じて提唱されたハイパースライム仮説とその存在の証明
(Takai et al., 2004)
は、20世紀後半に形成された大仮説である「熱水環境が地球生命誕
生の場であった」とする概念に対する新しい知見とより具体的な「場のセッテイング」につ
いての新仮説を提示するものであった。

 「熱水環境が地球生命誕生の場であった」とする仮説は、微生物系統学、進化生化学、
化学進化学、地質学、古生物学、古環境学の各分野の成果に基づいて帰納的に導かれ
た仮説といえる。その最も基幹的な根拠は、微生物進化系統学の成果であり、微生物系
統学の始まりとなったWoeseの論文(1977)において、すでに最古の生物は深海底熱水活
動域や温泉に生育する好熱性古細菌であることが示唆されている。その後散発的に反駁
する研究が提出されているが、現存する生物の共通祖先(Last Universal Common Ancestor;
LUCA)
が好熱性微生物であることを支持する研究例が圧倒的に多い。また化学進化の面
からは、深海底熱水活動域における熱水循環を模した実験系において、タンパク質や核酸
の前駆体であるアミノ酸やヌクレオチドが無機合成され、高分子化することが確かめられて
いる。一方、地質学の見地からも、現存する微生物化石様構造の由来環境に対する古地質
学的考察から、最古の微生物化石様構造が産出する古環境として、始生代における中央海
嶺のような拡大軸に沿った深海底熱水活動域の可能性を示唆している。これら多分野からの
研究成果によって、「熱水環境が地球生命誕生の場であった」とする仮説の大枠としての整
合性は支持されていると言えよう。しかしながらこれらの研究は,分散した個々の研究とそれ
をつなげた抽象的な概念としてのものでしかなく,具体的な地質学的「場のセッティング」、地
球化学的「エネルギー&物質フラックス」、微生物学的「LUCA生態系の存在様式や代謝様式」
については明解なイメージを示すものではなかった。

 高井らは、LUCAエコシステムとして「ハイパースライム」仮説を提唱した(Takai et al., 2004)。
そのエネルギー代謝システムを予想するための重要なポイントは、 ()熱力学的要素を加味し
た各代謝反応における化学ポテンシャルエネルギー収支、 ()地質学•同位体化学&
無機地球化学から明らかになっている地球史における無機化学物質のマスバランス、
(
)微生物学的見地から予想される無機化学物質からエネルギーを獲得し無機炭素源から
生体高分子を作り出せる化学合成独立栄養代謝の多様性、である。これらすべて考慮した
場合、酸素発生型光合成システムによる酸素蓄積以前(27億年以前)の地球環境で、
エコシステムを形成するに足る酸化還元反応(レドックスカップル)は、水素+二酸化炭素か
水素+元素状硫黄の組み合わせに絞ることができる。水素酸化をエネルギー源とする超好熱
性独立栄養微生物(メタン菌や水素酸化菌)を一次生産者とする微生物生態系が、
海底熱水活動域で最古の微生物生態系を形成し、酸素発生型光合成システムの誕生後、
現在の熱水活動域海底下において生きながらえてきたとするのが「ハイパースライム」
Hyperthermophilic Subsurface Lithoautotrophic Microbial Ecosystem; HyperSLiME)仮説である。

 2002年に行われた「しんかい6500」を用いたインド洋中央海嶺Kaireiフィールド熱水活動域
潜航調査での研究を通じて、その熱水活動域海底下環境に、超好熱メタン菌Methanococcales
超好熱発酵菌Thermococcalesを中心としたハイパースライムが存在することが初めて証明
された(Takai et al., 2004)。しかしながらハイパースライム仮説構築の初期段階では、ほとんど
の深海底熱水活動域においてハイパースライムが存在することが予想されていたにもかかわらず、
現在までのところ、大規模なハイパースライムの存在が認められるのはインド洋中央海嶺の
Kairei Field
のみである。その理由として、ハイパースライムの存在規模と熱水中の水素濃度の
相関が考えられた。インド洋中央海嶺のKaireiフィールドの熱水中には世界第3位の高濃度の
水素が含まれる。1位と2位は、大西洋中央海嶺のRainbow siteLogatchez site16 mM
8 mMである(Charlou et al., 2002)。これらの熱水活動域が高濃度の水素を有する理由は
明らかであり、そこには上部マントル由来の超塩基性岩(Ultramafics)の蛇紋岩化が大きな影
響を及ぼしている(Charlou et al., 2002)。理論的な計算によると、熱水による蛇紋岩化作用に
よって、350℃において160mMを超える高濃度の水素が供給され得る。また唯一のOlivine
用いた高温高圧熱水実験においても160mM近い水素濃度が生じること(Hydrogenesis)が確
かめられている。このような理由から、Kairei Fieldの熱水中に存在する異常濃度の水素を説
明するためには、超塩基性岩のHydrothermal serpentinizationの関与が不可欠であり、
Kairei Field
におけるハイパースライムの発見によって、マントルー生命活動の相互作用としての
新しい概念「超塩基性岩&熱水循環&水素生成&ハイパースライム」リンケージ」(UltraH3 linkage)
可能性が提示された。

 現世におけるUltraH3リンケージの証拠を求めて、今年度にはインド洋中央海嶺のKaireiフィールド
及び大西洋中央海嶺のRainbow siteの地球微生物学的調査が行われる。またUltraH3リンケージの
実験的検証のために、始生代における海底地殻を模した実験系を組み上げ検証実験を行っている。
これらの研究を通じて、最古の微生物生態系の姿を明らかにしてゆく。