惑星系形成過程の基礎物理
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太陽系形成標準モデルの徹底的検証、そして再構築へ
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太陽系形成標準モデルの概略
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未解決の惑星系形成の基礎物理
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余談:コンピュータ・シミュレーションとは
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「異形の惑星 〜系外惑星形成理論から」NHKブックス、
「惑星学が解いた宇宙の謎」洋泉社新書y から抜粋・改訂
    
    
    
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COEプログラム: 地球の形成のストーリー FLASH MOVIE
■ 太陽系形成標準モデルの徹底的検証、そして再構築へ
一九九五年まで、われわれは惑星系としては太陽系しか知らなかった。
つまり、惑星系形成理論=太陽系形成理論であり、現在の太陽系が
どのようにしてできてきたのかを説明する理論を目指してきた。
一九八〇年代には、ロシアのサフロノフ、京都大学の林グループ
(林 忠四郎、中沢 清、中川 義次、水野 博、関谷 実 ほか)によって、
太陽系の形成を説明する理論のおおまかな枠組はできあがっていた。
多少つじつまが合わないところはあったが、その枠組で太陽系のおおまかな
姿は合理的に説明できるように思えた。
しかし、
一九九五年以降、多様な姿、異様な姿の系外惑星が次々と発見され、
それらは既存の太陽系形成理論を適用するのでは到底説明不可能に見える。
今、惑星系形成理論は、太陽系の形成とともにそれらの多様な
惑星系の形成も統一的に説明することを要求され、再構築を迫られているのである。
まず、するべきことは、太陽系形成標準モデルを徹底的に洗い直し、
隠れていたり抜けていた新たな可能性を探りだし、
それを系外惑星系に適用することだ。
太陽系の姿や太陽系形成の標準モデルの常識に因われることなく、
論理的に考えて、新たな可能性はオープンに考えるべきだ。
一方で、太陽系の姿を説明するために無意識に行なわれてきた、
チューニングははずさなければならない。
以下、まず太陽系形成標準モデルの概略を述べ、
その後に惑星系形成過程の基礎物理として何が問題となっているのかを述べる。
■ 太陽系形成標準モデルの概略
四六億年前。銀河を漂う水素・ヘリウムガスを主成分とする星間雲の中で、
密度の高い部分(分子雲コア)が収縮し、中心に原始の太陽が形成された。
同時に円盤がかたちづくられた。ゆっくり回転していた分子雲コアは、
収縮にしたがってどんどんその回転を速めていく。回転速度が増すと遠心力が
生まれる。はじめは重力が勝って収縮が進行するが、ある時点で遠心力が拮抗し、
収縮はとまる。が、回転軸方向には遠心力が働かないので、その方向への収縮は
つづき、分子雲コアは平たい円盤状になる。
この円盤は、九八〜九九パーセントが水素・ヘリウムのガスで、ごく一部が
固体成分(塵=ダスト)である。
塵はガス円盤の赤道面に沈殿し、やがて塵の層の自己重力不安定に
よって「微惑星」とよばれる
キロメートルから一〇キロメートルのサイズの小天体が一〇〇億個も生まれる。
無数の微惑星が、原始の太陽のまわりを回りはじめる。原始太陽系円盤が誕生して
から、数十万年から数百万年の間のできごとだ。
微惑星は太陽のまわりを回りながら、おたがいの重力によって軌道を乱しあい、
衝突合体をくりかえす。これが成長し、「原始惑星」とよばれる惑星の卵が
誕生する。微惑星誕生後数十万年から数千万年の間に、さまざまな質量をもつ
多数の原始惑星がかたちづくられていった。
太陽に近いところほど太陽重力の影響を受け、惑星の重力の影響は遮られて近くの
微惑星しか集められないため小さな原始惑星しかできない。一方で微惑星の空間密度
が高く公転速度も大きいため、衝突の頻度が高く、原始惑星は速く成長する。
地球軌道のあたりでは、微惑星を集積しながら成長した原始惑星たちがお互いの
重力でゆらしあい、軌道が交差した原始惑星どうしが激しい衝突をおこして、
より大きな地球型惑星ができた。
太陽系の外側のほうでは太陽重力の影響が少ないため原始惑星の軌道間隔は広がり、
広大な空間の中でゆっくりと大きな原始惑星が成長する。円盤の温度が低く、
氷つまり固体の材料が増えるので、ますます大きな質量をもつ原始惑星ができる。
この原始惑星がコアとなって、自身の重力により原始太陽系円盤からガスを捕獲し、
水素・ヘリウムの大気をまとう。惑星全体の質量が増大して重力も強くなり、
さらに円盤ガスがとりこまれるという循環がとまらなくなり、
巨大ガス惑星(木星、土星)ができる。衛星やリングもこの時期に一緒にできる。
より太陽から遠くでは、さらに原始惑星の成長には時間がかかり、
固体コアが形成されたときには円盤ガスは消失しつつあったので、
ほとんどガスをまとうことができず、巨大氷(固体)惑星(天王星、海王星)と
なった。
外縁部の小惑星帯やカイパーベルト体では微惑星は成長できず微惑星のまま
とり残された。
惑星系がほぼ形成し終えるのに一億年程度はかかった。
その途中の一千万年頃に、惑星系を生んだガス円盤は消失していく。
その頃、
収縮を続けてしだいに温度を上げてきた原始太陽の中心部は
一千万度の温度に達し、水素の核融合がはじまり、
「主系列段階」に入る。
■ 未解決の惑星系形成の基礎物理
上のようなモデルで
太陽系のおおまかな姿は合理的に説明できるように見えるが、
実は次のような惑星系形成の基本的プロセスがわかっていない。
- 円盤の進化と消失
円盤のダストの面密度分布は形成される固体惑星の大きさや
軌道分布を決めると同時に、どの場所でガス流入が可能なコアが作られ、
巨大ガス惑星が形成されるのかを決める。この分布はどのようにして
決まるのか。まずは円盤のガス成分の面密度分布がどのようにして
決まるのかを知ることが重要である。
 
ガス成分の面密度分布は巨大ガス惑星の形成を考える上で重大である。
特に、どのような段階でどのように、ガス円盤が消えるのかが重要である。
円盤はいつどのようにして消えていくのか。
 
円盤進化には乱流粘性が重要な役割を果たしているはずだが、
乱流の原因は? 磁気流体不安定だとすると、円盤に浮かぶダストや
ガスの電離状態が重要になる。さらにダストの沈殿・成長状態が
電離状態を大きく左右する。われわれは、ダストの沈殿・成長過程の
シミュレーションとともに円盤の電離状態の推定のシミュレーションを
行なっている。
- ダスト落下問題、微惑星形成問題
ミクロン・サイズのダストから、惑星のビルディングブロックとなる、
キロメートル・サイズの微惑星への進化が実はわかっていない。
円盤は乱流状態になっていると考えられるが、自己重力不安定は本当に
起こるのか。それとも乱流の渦の中で成長するのか。
 
ダストはガス抵抗をうけて、中心星のほうに螺旋を描きながら
落ちていく。この「落下」はメートル・サイズくらいのダストで一番
速く、公転周期の1000倍くらいで中心星まで落ちてしまうことになる。
自己重力不安定がおこると、メートル・サイズを飛び越すので問題は
ないが、自己重力不安定がおこらないとすると、この落下問題が
重大となってくる。
どれくらいの量のダストが中心星に落ちてしまうのか。
 
一方、原始惑星系円盤の電波観測で見ているのは、小さなサイズの
ダストから出る放射である。この観測は微惑星をどう反映するのか、
ガス円盤の進化をどう反映するのだろうか。
 
われわれは、ダストの沈殿・成長過程の
シミュレーションを通してこの問題にチャレンジしている。
- 巨大惑星形成時間の問題
太陽系形成標準モデルが作られる段階からずっと指摘されてきた問題
だが、太陽系では巨大ガス惑星(木星、土星)の形成時間の推定値が
円盤の寿命(〜1000万年)を越えている。さらに天王星や海王星といった
辺境の惑星の形成時間の推定値も太陽の年齢を越える。
巨大ガス惑星の形成に時間がかかり過ぎるという問題は、当然、
系外惑星においても問題となる。
 
われわれは、微惑星集積のN体シミュレーション、およびその結果と
コアへのガス流入プロセスのモデル化を組み合わせるなどして、
この問題にチャレンジしている。
- 惑星落下問題
惑星と円盤ガスの重力相互作用を考えてみよう。
中心星からの距離が違うと円盤ガスの回転速度が違うので(差動回転とよぶ)、
惑星は、中心星からみて外側の軌道のガスをどんどん追い越して
いくが、中心星よりの内側の軌道のガスにはどんどん追い越される。
追い越していく内側のガスは、惑星にトルクをかけて公転を加速し、外側に
押し退けようとする。一方で、追い越される外側のガスは惑星の公転を
減速させ、惑星を内側に押し退けようとする。線形の解析計算によると、
外側のガス円盤からの効果が常に強い。つまり惑星はじわじわと
中心星のほうに移動していくことになる。これを「タイプIの惑星落下」と呼んでいる。
 
理論的推定によると移動は非常に速い。重い惑星ほど移動は速くなる。
一天文単位以内の地球質量の天体、
五天文単位以内にある地球の十倍の質量の天体は、ともに一〇万年以内で落ちる
のではないかと予測されている。
これはガス円盤の寿命の推定値一千万年より十分に短い。
この理論的見積もりを信じると、地球型惑星も巨大ガス惑星のコアも
中心星に落ちてしまうはずだということになる。
 
われわれは、線形計算の精密化や流体シミュレーションによって、
この問題にチャレンジしている。
- 地球型惑星形成最終ステージ
微惑星は衝突合体によって、惑星の卵(原始惑星)へと成長して
いく。 微惑星は衝突・合体で次第に成長していくのだが、これは
「暴走成長」と呼ばれるカタストロフィックな(急激で破滅的な)過程だ。
はじめに他より少しだけ大きかった微惑星は、重力が強いぶん
他の微惑星をひきつけて衝突しやすく、より早く大きくなる。
そうなるととますます衝突しやすくなって、暴走的に成長する。
残りの微惑星はほとんど成長できない間にこの暴走成長天体はあっという
間に質量にして何桁もの差をつけて大きくなる。
 
原始惑星の成長は微惑星を食べつくすかなり前にブレーキが
かかり、付近の微惑星を食べつくした順に
原始惑星が並んでいくのではなく、暴走成長しつつある天体が
ある軌道間隔をおいて、いくつも「並走」して成長していくようになる。
このような並走的暴走成長を「寡占的成長」と呼んでいる。
 
ところで、原始惑星の最終的質量は、
太陽系最小質量モデルでは地球型惑星領域ではだいたい
火星質量程度(地球質量の一〇分の一)であって、
地球型惑星領域に二〇個あまりもの原始惑星がひしめいていることになる。
実は、この次に原始惑星同士の衝突(巨大衝突)が起こる。
 
このような巨大衝突が起こるためには、原始惑星の軌道が
かなり楕円になる必要がある。そのため、衝突が終って、
地球や金星のような比較的大きな惑星が作られても、その
軌道が楕円のままに残るという問題が生じる。
楕円軌道だと、一公転周期の間で受けとる日照量が大きく
変わり、惑星の居住可能性 (habitability) という点で
大きな問題が起こる。
 
われわれは、円盤との重力相互作用を考慮した N体シミュレーション
によって、この問題にチャレンジしている。
 
また、この激しい原始惑星同士の衝突のおかげで惑星は
衛星をもつことになる。
地球の月のような大きな衛星の獲得は居住可能性において
大きな意味をもつ。そのことはあとで議論する。
■ 余談:コンピュータ・シミュレーションとは
われわれのような理論研究者は、
望遠鏡による観測や装置実験とは全く違った「観測/実験」をしている。
われわれは、
コンピュータやプログラムという「装置」を使って、
仮想空間の中で何百万年、何千万年、何億年にもわたる
惑星系や銀河、宇宙の誕生・進化を「実験」して、その現象を「観測」する。
 
しかし、いくらコンピュータが発達したといっても、多くの場合、
数値実験で現実のシステムをそのままシミュレーションは不可能だ。
何がしかの簡単化をしなければならない。なるべく、シミュレーションを
したい現象の本質をそこなわないように簡単化して考える必要がある。
このプロセスが、シミュレーションによる理論研究の中で最も
難しいところである。