衛星系の形成・進化
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謎の天体、月
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余談:巨大衝突説への転向
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月は1ヵ月でできた!
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巨大惑星の衛星
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月によって、地球の自転軸は安定化されている
参考リンク
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Origin of the Moon (小久保英一郎:国立天文台)
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衛星形成 (武田隆顕:国立天文台)
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「惑星学が解いた宇宙の謎」洋泉社新書y から抜粋・改訂
    
    
    
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■ 謎の天体、月
われわれにとってもっとも身近な天体、月。
しかし、月の起源について、おぼろげながらも筋書きがわかってきたのは、
つい最近のことだ。
月の起源の古典的な説は三つある。
原始地球が形成されるときに高速回転をして、遠心力で外層部がちぎれて月が
できたとする「分裂説(別名 親子説)」。地球の連星として月もまた微惑星から
地球と一緒に集積したという「共成長説(姉妹説)」。近くで微惑星から集積した
月が、地球のそばを通過したときに何らかの原因で地球に捕まったとする「捕獲説
(他人説)」だ。
分裂説は、微惑星から地球が集積するという現代的な描像と矛盾している。
外層部がちぎれるほど速く原始地球が回っていたなら、
微惑星は衝突しても振り飛ばされてしまい、原始地球がそもそも集積できない。
のこるは共成長説、捕獲説だが、
旧ソ連のルナ、アメリカのレインジャー、アポロなどの
月への探査機がもたらした知識は、月の起源の謎を混迷の極みにおとしいれた。
四五〜四六億年前の石(ジェネシス・ロック)が見つかり、月は太陽系や地球が
できたのと同じ頃に誕生したことがわかった。月面は今でこそ乾いた砂とクレーター
に覆われているが、形成された当時は、マグマオーシャンに覆われていたことも
わかった。さまざまな情報を使って、内部構造の推定もされた。月はいびつな形を
していて、地球の方向に向いている地殻が裏側より薄いこともわかった。
しかし、何より問題になったのは、月には鉄がほとんどないとわかったことだ。
その内部は石だけであり、
ちょうど地球のマントルの部分のみを切りとったようなものだった。
仮に共成長説や捕獲説が正しいとするなら、
月のビルディング・ブロックの微惑星は鉄と石が混ざったものなので、
月には大きな鉄のコアがあるはずだ。あるいは、
マグマオーシャンは表面だけで十分に内部が融けなかったとすると
コアがないこともあり得るが、
そのかわり月全体にたくさんの鉄が石に混ざっているはずだ。
――しかし、どちらも否定された。そもそも月の平均密度は3.4 g/cc。
地球は5.5 g/cc。圧力の差を考慮しても、月の平均密度は低い。
鉄が十分に混ざっていたらこんな低い値はとれない。
こうやって、共成長説や捕獲説は否定された。
一九七〇年代後半には、月の起源の学説はすべて消えた。
月が見えているのは目の錯覚?
この問題を解決すべく登場したのが「巨大衝突説(ジャイアント・インパクト説)」だ。
一九七〇年代末からアイデアが出はじめ、一九八四年の
アポロの成果を総括する「月の起源会議(ハワイ・コナ会議)」で大議論の末、
一躍、月の起源を説明する最有力説となった。
原始の地球に火星くらいの大きさの他の原始惑星が衝突し、その原始惑星が破壊
されてまきちらされた破片の一部が原始地球のまわりに土星のリングのような
破片円盤をつくり、そこから月が集積したとするものだ。
かつては、地球のマントルの一部がはがれてそのまま月になったという話が
流布したこともあったが、それは難しい。地球表面を飛び出したものは、
そのまま宇宙空間に飛び去るか、ふたたび地球に落下するのかのどちらかで、
地球周回軌道にのることはない。
原始惑星は衝突でこなごなに壊れる。地球と直接接触した部分の破片は宇宙空間に
飛び出すか再び地球に落下するが、原始惑星内部を衝撃が伝わって壊れて飛び出した
部分の一部は、地球周回軌道にのる。原始惑星のほうも火星くらいの大きさが
あるので、鉄コアと石マントルに分かれていただろう。衝突の仕方によっては、
石マントルの部分ばかりが地球周回軌道にのり、月をつくるのに十分な量の
石の破片円盤ができる。
このことによって、月が石ばかりできていることが説明できる。また、現在の地球と
月はかなり勢いよく回っているのだが(といっても分裂を起こすような高速回転では
ないが)、その高速回転も巨大衝突を考えれば説明がつく。
しかし、批判もあった。そんなに都合の良い巨大衝突が起こるのだろうか?
(暴走成長の後の寡占的成、そして原始惑星同士の巨大衝突へ
というストーリーができたのは最近のことだ)
さらに破片円盤ができるのはいいとしても、そこから本当に月が集積する
のだろうか? 月は地球質量の1/80の質量をもち、半径は1/4以上もある。
惑星も太陽のまわりの円盤から集積したが、一つの巨大な惑星ではなくて、
太陽にくらべてかなり小さな、たくさんの惑星が形成された。地球のまわりの
破片円盤からだって、たくさんの小さい衛星ができるのではないか? 現に木星やら
土星やら他の惑星のまわりには、一つの巨大な衛星ではなくたくさんの小ぶりな
衛星が存在している。
■ 余談:巨大衝突説への転向
1996年、僕は巨大衝突説をひきずり下ろそうと思い、
破片円盤から月への集積のシミュレーションを始めた。
シミュレーションの問題は、そもそもどういう破片円盤を想定すべきかわからない
ということだ。破片円盤の状態を決めるパラメータが、
円盤の質量分布やら、円盤を構成する破片のサイズ分布などなど多岐にわたる。
これらの破片円盤のパラメータの値がよくわからない。
いろいろなパラメータの組合せのもとで調べるしかないのだが、
破片の数は一体何個あるのかわからない。
それらがすべてお互いの引力で引きあいながら衝突を繰り返している。
そんなシステムの振舞いを調べるなんてことは不可能にしか思えない。だからこそ、
巨大衝突説が登場して以来、この問題は放っておかれた。
僕もふだんならこんな無謀な計算は始めなかったが、
ちょうどこの問題に興味を持ったときにサバティカルでアメリカに長期滞在していた。
「サバティカル」というのは主に欧米の大学で実施されている制度で、
5〜10年に一度、授業や会議が免除され、
1〜2年間希望する機関で自由に研究する機会が与えられる。
日常の雑事から離れることで、新しい研究にチャレンジしたり、
これまでの研究をじっくりとまとめたりできる。
ここ東工大・地球惑星科学科では独自にこの制度を採り入れている。
サバティカルの期間中、通常の仕事はもちろん残った者が余分に分担することになり、
大変だが、クリエイティブな仕事のためには拘束されない時間が
何にもまして必要である。
で、やってみると、何と実に簡単に月ができてしまった。
僕は、巨大衝突説否定派から巨大衝突説推進派にころっと立場を変えた。
■ 月は1ヵ月でできた!
月は1カ月から1年で集積した。
一個の大きな月が必然的に集積した。この結果を説明するポイントは三つある。
Roche限界、破片円盤に発生する渦巻、そして円盤の重さだ。
月は地球の八〇分の一の質量を持つので、
破片円盤は地球の数十分の一もの質量を持つ。
有限の大きさの天体が地球のまわりをまわっていると、
潮汐力が働き、ラグビーボール状に変形する。
地球中心から地球半径の三倍以内では、天体の自己重力よりも潮汐力が大きく、
天体は破壊されてしまう。この領域を「Roche限界」と呼ぶ。
土星のリングも土星のRoche限界内にある。
リングは氷の粒でできていて、リング粒子は頻繁にお互いに衝突しているが、
Roche限界内なのでくっつくことができず、リングの形態を保つ。
土星リングの外側には衛星がある。そこはロッシェ限界の外なので、
氷の粒は衝突の度にくっついて衛星ができたのだ。
原始地球への巨大衝突のシミュレーションによると、衝突天体の
破片はかなりの部分が、原始地球のロッシェ限界内に飛び散り、
破片円盤を形成する。
シミュレーションによると、地球のまわりの破片円盤では渦巻が生じた
破片円盤が地球の数十分の一もの質量を持っていて破片が密集しているので、
破片たちはお互いの重力で近寄るが、Roche限界内なので、くっつけず、
差動回転でひき延ばされて、渦巻ができる。一本の渦巻に着目すると、
地球に近いほうが速く回っているので、結果として、外側部分が振り回されて
Roche限界の外に飛ばされる。
Roche限界の外に飛ばされた破片は自己重力で集積し、月の「種」になる。
「種」は、円盤から渦巻でRoche限界の外に飛ばされてくる
破片をどんどんつかまえ、一つの大きな月ができる。
どれくらいの早さでRoche限界の外に破片が出てくるかは、
破片円盤の渦巻の強さ、つまり円盤の重さできまる。
それが月ができる時間をきめる。計算してみると、
それは一カ月から一年という短い時間だった。四六億年の太陽系の歴史の
中でまばたきの間もなかった。
これだけの短時間でできると、衝突のとき発生した熱が逃げる間がないので、
月はできた時には融けていたはずだ。
月は、地球半径の三〜四倍くらいのところ(Roche限界のすぐ外)にできる。
Roche限界の中に残った円盤の残骸は
月にはねとばされ、月だけが残る。
月が生まれたころは、空に月が
占める面積は今の三〇〇〜四〇〇倍だ。異様な光景だったろう。それだけ近くに
月がいると、月の潮汐力で地球が大きく歪む
(地球半径の六〇倍くらいのところにいる現在でも、
月の引力で潮の満ち引きがおこっている)。
歪んだ地球が自転すると、それによって月は振り回され、地球から離れていった。
はじめは急速に離れて、だんだん遅くなった。現在でも月は毎年三・八
センチメートルずつ遠くなっている。月をはねとばしている反動で、地球の自転は
どんどん遅くなっている。はじめは五〜六時間で一回転していたはずだ。
また、月も地球の引力で歪む。歪むと月は勝手に自転できなくなり、つねに同じ向き
を地球に向けるようになる(木星や土星でも、惑星に近い衛星はすべて、
つねに同じ面を惑星に向けている)。
■ 巨大惑星の衛星
ところで、
木星、土星、天王星では衛星がたくさんある。それぞれの衛星の重さは中心惑星の
1/10000の一以下だ。対して月は地球の1/80。この違いは、それらをつくった
円盤の質量の違いを反映している。武田(現・国立天文台)の計算によると、
円盤質量が中心惑星の1/40以上だとひとつの衛星が集積するが、
それ以下だと複数の衛星ができる。
木星、土星、天王星のまわりの円盤は中心惑星の1/100以下の質量だったと推測される。
Roche限界の外にとばされた破片は、まず自分たちの重力で塊を
つくるが、その塊の質量は円盤質量の三乗に比例する。
地球の数十分の一もの質量をもつ原始月円盤では、
はじめにできるかたまりは円盤の百分の一もの重さをもつ。
こんなに重いかたまりは重力が強く、急速に合体する。
一方、中心惑星の1/100以下の質量という軽い円盤の場合、
その円盤で形成されるかたまりは中心惑星や円盤より非常に軽かった。
かたまりは軽いので、かたまりたちが十分に集まる前に
円盤にはね飛ばされてしまった。飛ばされたかたまりは引力も弱いので、
もはやRoche限界から外にもれ出てくる破片を吸収できない。もれ出てきた破片は
そこで別のかたまりをつくる。このようにして複数の衛星ができた。衛星も小さい
ので、土星では円盤の残骸がリングとしてそのまま残ったのだろう。
■ 月によって、地球の自転軸は安定化されている
惑星の自転軸の傾きは時間的に一定ではない可能性がある。
地球の自転軸は数万年で歳差運動をしている。「歳差運動」とは、自転軸の
傾きは一定角度(地球だと23.4度)を保ったまま、向きがぐるぐるまわることだ。
ちょっと速度が落ちてきたコマを思い浮かべてもらうといいだろう。
歳差運動を引きおこしている力は、太陽の重力と惑星の扁平だ。
惑星は自転の影響で扁平している。
惑星が球だと歳差はおきないが、扁平していると、太陽からの重力の
バランスがずれてトルクがかかり、歳差がおこる。
歳差運動だけだと自転軸の傾きは変わらないが、
惑星軌道面の変化も同時に考えると話は変わる。
地球では、自転軸の傾きは数度ほどの範囲で振動している。
これは、木星や土星などの重力の影響による。
地球の軌道面は木星や土星などの重力で角度が揺れている。つまり、時間的に傾きが
変動する台の上でコマを回しているようなものだ。この台の傾きの変動の周期と
歳差の周期がぴったりあったとすると、どうなるか。自転軸の傾きは大きく変わる
はずだ。ある惑星の軌道面(=台)の傾きはいろんな惑星が揺らしているので、
いろんな周期がある。歳差の周期がそのどれかと合ってしまうと、自転軸の傾きの
角度は大きく変化する。これを「自転-軌道 共鳴」と呼ぶ。
詳しくは
跡部HPへ。
地球型惑星の自転軸の向きは100万年周期くらいで、
何十度も変動している。歳差の周期と軌道面の傾きの変動周期は
似たような値をとっていて、「自転-軌道 共鳴」をおこしている。
ただし、地球は例外だ。
なぜ地球が例外かというと、地球には月という巨大な衛星があり、
月の重力によっても地球自転軸の歳差がひきおこされており、
その歳差は、太陽によるものよりかなり大きい。
この影響で、地球は自転-軌道 共鳴から遠く離れた状態になっている。
現在の地球では、自転軸の数度の振動によって、氷河期・間氷期サイクルが
引きおこされたといわれている。何十度も変動を繰り返すことに
なったら、大変な気候変動がおこり、地表に生息する生命には
大きな影響がでるだろう。
巨大衝突の僥倖によってもたらされた月が、われわれ地球上の生命の進化を
守ってくれているのかも知れない。