第378回

日時 平成26年10月15日 水曜日 17時より
場所 東京工業大学 石川台2号館 318号室 
<講師> 高田亮様(産業技術総合研究所)
<題名> 富士火山研究のまとめと今後の展望:割れ目噴火からみた富士山の進化 

富士火山の噴火について,いつ,どこで,何が,どれくらいの,どのような,という将来予測ができるのだろうか?富士山の多様な噴火を,山体周辺の応力場の時間変化で整理して,富士火山の将来に関する議論を行う.  広域応力場と局所応力場:富士火山は,プレート配置が複雑な場所に存在し,そのマグマシステムが地殻内の広域応力場(例えば, Nakamura, 1977;高橋,2007)の影響を受けている可能性が指摘されている.割れ目噴火の方位は,広域応力場に加えて,山体およびマグマ供給系周辺に蓄積されてくる岩脈群のひずみに対応した応力場,山体崩壊によるひずみの解放による応力場,局所的な断層系の変位による応力場にも支配されている可能性がある(例えば,Takada,1994:1997,高田ほか,2007).上記のような局所応力場は,火山の成長と共に時間発展する.  富士火山の割れ目噴火の分布と時間変化:富士火山は約10万年の歴史があるが,山体崩壊を複数回起こしているので,過去の山体の情報は消えてしまっている.約2万年前に山頂部を含む大きな崩壊が起った(山元ほか,2005).富士火山は,それ以後,約2900年前の御殿場岩屑なだれ(宮地ほか,2004)のような表層の崩壊はあるものの,多くの割れ目噴火を伴い再成長していった.割れ目噴火の範囲は,大局的には,その範囲が制限されてきている.約3500-2300年前の間には噴火位置は山頂部周辺に集まり爆発的噴火が卓越した.2300年前以降は,限られた場所と期間において,山頂での脱ガスを伴った山腹割れ目噴火が発生した.たとえば,北西山腹では,西暦700頃-900年頃に限って,御庭奥庭第1,第2噴火に代表される割れ目噴火が頻発した.割れ目噴火の場所は,徐々に制約を受け,864年からの貞観噴火では限られ火口群より長期間にわたり噴火が継続した.その後,西暦900-1100年頃には,高標高で山頂をまたいで南北方向の割れ目噴火が2回起った. 西暦1200年以降は,山頂での噴煙活動も低調となり静穏に入り,1707年には山腹で宝永噴火が発生した.  宝永噴火の位置づけ:宝永噴火に先立ち,噴火の 49日前に宝永地震が駿河湾側で,さらにさかのぼること1703年には元禄地震が相模湾側で発生しており,地殻の応力解放が噴火の原因とも考えられる.宝永噴火は,それまでの噴火と違い爆発的噴火であった(Miyaji et al.,2011). 宝永噴火後の富士火山の状況:宝永噴火以降300年間火山活動は認められない.この原因として,山体の引張を示す奈良平安時代と違い,脱ガスもなく宝永噴火前と同様,マグマの上昇が,山体を含む上部地殻の圧縮応力増加により抑止されている可能性もある.  今後,宝永噴火の力学的なモデルの数値的な検証,マグマの貯蓄に関する知見の向上が望まれる.最後に今後の展望について議論を行う.


Last-modified: 2014-10-14 (火) 12:18:05 (2561d)